証拠に手を加えるとは

ここのところSTAP細胞についての報道がなされています。まさに騒動という感じです。

 

STAP細胞が実在するかどうかは科学的に検証されるべきものですから,ここではとやかく言いません。ですが,この騒動はあまりにもお粗末です。

 

まずSTAP細胞は「世紀の発見」「ノーベル賞もの」というのですから,それに関する論文は念には念を入れて絶対にケチがつかないようするのは常識でしょう。

 

これは理系だからとか,科学だからとかそういう類のものではありません。注目を浴びるもの程慎重にやるというのは社会一般の常識です。まして「世紀の発見」ともなれば,鵜の目鷹の目で粗探しをする人間がいるのも当然想定することです。

 

ですから,それが例え「間違い」であったとしても画像の取り違えなどあってはならないことです。この点だけでも十分お粗末。

 

ところが,取り違えだけでなく画像に加工もしていたなどというのですから開いた口が塞がりません。これは言語道断。意図がどうであれ,それだけで完全にアウトです。

 

画像はSTAP細胞の存在を示す証拠。その証拠に手を加えるなどということは絶対にやってはならいことです。見やすくするなどという発想自体アウトです。理解できません。

 

証拠というものは,それをそのまま出すもの。「世紀の発見」などではない,普通の裁判でも当然そうしています。

 

もし「見やすくする」というのなら,元の証拠をまず出します。その上で「これは説明用に加工しました」と断って加工した証拠を出します。加工したものだけを出したら,証拠の偽造と言われかねません。当然,信用を失います。

 

それを「取り違え」「加工」というのですから,いったい何をやっているのか。STAP細胞の論文は社会一般の常識としてアウトです。申し開きはできません。

 

この件に関しては,小保方氏が「未熟」だとかいう話も出ていますが,「未熟」じゃなくて単なる「非常識」。研究者としては若いと言っても,30歳にもなってこれでは。いったい今まで何をしてきたのか。

 

また共同研究者も何をしているのか。こういうチェックもしないのでしょうか。全く別の研究者から論文の問題点の指摘があったのですから,チェックは可能だということです。指摘されるまで分からないというのはどういうことなのか。

 

小保方氏に責任があることは間違いありませんが,共同研究者も責任は免れません。理研による調査は小保方氏一人に責任を負わせる内容ですが,それは許されないでしょう。