日曜論壇/要求過剰の社会憂える

これは当時,栃木県弁護士会の副会長という職務にあったために執筆・掲載されたものであり,私個人に執筆依頼がきた訳ではありません。またこのような執筆を依頼されたり,新聞に掲載されたということをアピールしたりするために掲載するものでもありません。あくまで私が,どういう価値観を持ち,どのような姿勢で弁護士業務に取り組んでいるかについて,ご理解をいただくために掲載するものです。
(掲載当時のままで、加筆・訂正はしておりません。)

 

2010年08月08日(日)  朝刊 総合1版004頁 全域
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日曜論壇/富岡規雄(とみおかのりお)/要求過剰の社会憂える

 

弁護士の中心的な仕事は訴訟である。訴訟というのは、例えば、相手方に対して金銭の支払いを請求するというものである。職業上、何をどこまで要求できるのかを常に考えているわけである。そのせいか仕事上だけでなく、日常生活でも「要求」というものについて常に考えるようになった。その対象は多岐にわたるが、最近気になっていることがある。それは、近年、要求が過剰になっているのではないかということである。

 

最近も参院議員選挙があったが、そこでは民主党に対する失望感がずいぶん語られていた。しかし、よく考えてみてほしい。リーマンショック以降の困難な時期に政権を担い、問題も山積みという状況では、民主党に限らず、どの政党でも、すぐに成果など出せる訳がない。危機的状況の中、悠長なことを言っていられないというのも理解できるが、あまりにも成果を求め過ぎているのではないか。

 

また医療崩壊などという話も耳にする。その原因も、いろいろ取りざたされているが、患者側の要求が厳し過ぎるという指摘もあったかと思う。これは弁護士として医療過誤と言われる分野で職業的にもかかわるところでもある。実際に相談を受けてみると、医療過誤と疑われるものも少なくはないが、必ずしもそうとは言えないものもある。

 

この点は、微妙なものがあるが、はっきりしているのは、医療に対する要求水準が高ければ高いほど、医療過誤と言えるケースは多くなるということである。しかしこれは、医師の側からすれば、たまったものではないということになるであろう。訴訟リスクの高い医科にはなり手が少なくなっているというのもうなずける。

 

私は何も民主党を擁護したい訳でも、患者が間違っていると言いたい訳でもない。私自身、専門家であるが、専門家に要求される水準が低くてよいとは思わない。ただ、やみくもに要求すればよいわけではない、という当たり前のことを言いたいだけである。

 

過剰な要求は、社会一般にまで及んでいる。最近では、年末年始でも店が開いているのが当たり前のようになった。確かに利用する側からすれば、便利ではある。しかしそこで働く人たちは休めない。商品を生産、納入する仕事に携わる人たちも休めない。皆疲れているように思う。果たしてそれでよいのだろうか。
昔は、できないことの方が多く、不便なところもあったが、そういうものだと思って皆我慢していたし、何とかやっていた。それがいろいろなことができるようになってきて、「もっともっと」と要求するようになったように思う。

 

「できること」に満足するのではなく、「できないこと」により多くの不満を持つようになってしまったのではないか。いつも不機嫌で、疲れ切っている。そのような社会は、どこか殺伐としており、生きにくいように思われてならない。もう少し要求水準を下げてもよいのではないだろうか。「できること」にもっと感謝してもよいのでないか。考え直す時期に来ているように思われてならない。
(県弁護士会副会長)