ヒトラーの手口ですか

麻生太郎副総理が,憲法改正に関してナチスを引き合いに出したということで騒がれています。

 

日本国憲法をナチス憲法のようにして,バンバン戦争をしたり,特定の人を虐殺したりするというのなら大問題ですが,麻生副総理の話そのものはそういうことではありません。7月31日の東京新聞の朝刊によると以下のようなものです。

 

日本が今置かれている国際情勢は、憲法ができたころとはまったく違う。護憲と叫んで平和がくると思ったら大間違いだ。改憲の目的は国家の安定と安寧だ。改憲は単なる手段だ。騒々しい中で決めてほしくない。落ち着いて、われわれを取り巻く環境は何なのか、状況をよく見た世論の上に憲法改正は成し遂げられるべ きだ。そうしないと間違ったものになりかねない。ドイツのヒトラーは、ワイマール憲法という当時ヨーロッパで最も進んだ憲法(の下)で出てきた。憲法が良くてもそういったことはありうる。

 

ここまでは決しておかしい訳ではありません。ヒトラーが,ワイマール憲法の下で台頭してきて,第二次世界大戦,ユダヤ人の大虐殺を引き起こしたことに対する警鐘とも取れます。しかし,最後の方が問題です。

 

『静かにやろうや』ということで、ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか。僕は民主主義を否定するつもりもまったくない。しかし、けん騒の中で決めないでほしい。」

 

これは酷い。「あの手口を学んだらどうか。」って,ヒトラーの手口を学べっていうのですか。ヒトラーが何をしたのかは,上で書きましたが,こういう人の手口を学ぶというのは,もうまともではありません。

 

結局,前の部分は口先だけで,この部分が本音でしょう。あれこれ言われないで自分たちが好き勝手にやりたいということです。これが現政権の本音です。極めて危険な連中です。

 

安倍という人も含めて,現政権の連中が「戦争をしたい」とまでは考えていないと,私は思います。ですが前にも書いたとおり,憲法を改正して「国防軍だ」「集団的自衛権だ」と言って,アメリカに引っ付いていけば戦争に巻き込まれます。

 

絶対に,憲法改正なんていう議論には乗れません。それだけでなく憲法の9条の解釈を変えて「集団的自衛権」を認めるなんていう議論も許してはなりません。

どうしてそんなことを

先日の選挙は自民党が圧勝しました。この結果そのものは,改憲の件で自民党に反対の私でも驚きはしません。自民党が良いというよりも他に投票する先がないというのが本音でしょう。

 

皆,いい加減,景気の悪い話はうんざりしているので,何とかできそうな「自民党に」というのも良く分かります。ですから,そのことについてここで言うつもりはありません。

 

ただ一つだけ。改憲だけは許せません。自民党は,というか安倍という人(一度,政権を投げ出した人を,肩書はどうであれ,「総理大臣」と認める気はありません。)は,集団的自衛権とかを議論し始めたそうです。

 

集団的自衛権とは,簡単に言えば,同盟国が攻撃を受けたら一緒に反撃できるということです。これだけ言われると,当たり前と言えば当たり前のようですが,日本は集団的自衛権は認めていません。

 

同盟国が攻撃を受けたら,と言えば,相手が悪いように思えますが,その同盟国が相手を侵略している場合も考えられます。それでは,自分の身を守る,とは言えません。ですか,あくまで,自分の身を守ることに徹するのが日本ですから,集団的自衛権を認める訳にはいかないのです。

 

ですが,今後集団的自衛権を認めるということになれば,アメリカに引っ付いて侵略をすることを認めるということになります。まあ,侵略は言い過ぎだとしても,防衛ではなく,攻撃に加担するということにはなります。本当にこんなことを認めるのが正しいのでしょうか。

 

100年後までは分かりませんが,今の日本が自ら攻撃を仕掛けるとは,私も思っていません。ですから,安倍と言う人が戦争をしたいのだ,ということを言う人に私も賛成はしません。

 

ですがアメリカは違います。いつも戦争をしているような国ですから,アメリカの戦争に巻き込まれる可能性が高いです。というか確実に巻き込まれます。

 

アメリカの戦争に巻き込まれて,皆さんの大切な人が戦争に駆り出される,そして死ぬ,それが嫌で逃げたら「敵前逃亡だ!」と言って殺される。そんな未来が良いのでしょうか。

 

選挙で自民党が勝つことは敢えて反対はしませんが,改憲,集団的自衛権を認めるという行動には,絶対反対です。

敵前逃亡で死刑って

何だか物騒なタイトルですが。

 

自民党の石破幹事長が,自衛隊が国防軍になったら,敵前逃亡は最高刑を科すという趣旨の発言をしたとのことです。日本の刑法では死刑ですから,敵前逃亡は死刑ということです。

 

まあ,軍隊であれば兵士が逃げていては戦争はできませんから,そうやって強制するのは当たり前と言えばあたり前。それが軍隊というものです。

 

問題は,そういう軍隊を持って本当に戦争をすんですか,ということです。アメリカはいつも戦争をしてまいすますから,勝手にしろという感じですが,日本もそうなる必要があるのでしょうか。

 

やりたい人は勝手にやれば,という気持ちはあります。どうしてもやりたいというのなら,そうですか,と言う話です。ですが,国が軍隊をもって,死刑をもって戦争を強制するとなると,そうはいかないでしょう。黙っている訳にはいきません。

 

戦争なんてことは愚かなこと。殺し合いなんてことは普通の人は嫌に決まっています。その嫌なことを無理やり強制するから死刑ということになるのです。しかし,そういうことを言う人,その子供や孫は,決してそういうう嫌なことはしません。何のかんのといってやりません。アメリカだってそうだそうですから。結局は,他人に強制するだけ。

 

今の自民党は,本性を現したということです。他人は使い捨て。

 

私は意見を押し付けません。皆,自分で判断するのです。私は,使い捨てにされるのは御免です。それ以上に,うちの家族を使い捨てにされのは許せません。

 

今度の参院戦,自民党,それにつながるような政策を言う,維新の会などの人を使い捨てにする政党を勝たせる訳には行きません。

多数なら良いの

先日は,多数決とは言いながら実は極少数の意見に過ぎないということを書きました。では本当に多数だった場合どうでしょうか。多数ならそれで良いのでしょうか?

 

本当に多数の場合,例えば70%の場合,残りの30%の人たちの意見を無視して良いのでしょうか?30%の人たちは少数だからと言う理由で,いつも冷遇されるとしたら,それは多数派の横暴ではないでしょうか。

 

権利を云々という議論しなくても,そのようなことをしていたら30%の人たちの不満は溜まっていくのは目に見えています。不満を持った30%の人たちが,いつまでも黙って我慢しているかどうかわかりません。不満が爆発したときどうなるか。それを考えなくてはなりません。

 

「俺たちは出ていく!」と言って,出て行ってしまうかもしれません。社会が分裂してしまいます。まあ出て行ってくれるだけならいいですが,話し合いではダメだと言って実力行使してくるかもしれません。

 

それでは社会は安定しません。とてもやって行けないのです。多数派も,少数派に対しても配慮をしなくてはいけないのです。理想を言えば,全員一致です。

 

そうなるように,できるだけ全員の利益になるようなことをしたり,説得したりといろいろしなくてはいけません。場合によっては,少数派の意見の方が合理的だと判断して,少数派に合わせることだって必要なのです。

 

大切なのは話し合い,議論です。議論を尽くしてもどうしても決められないときに初めて多数決で決めるのです。多数決が正しい(というか「やむを得ない」)というのは,議論を尽くしたときだけなのです。

 

議論を尽くすというのは,言いたいことを自由に言えることが保障されていなくてはなりません。だから「言論の自由」があるのです。「言論の自由」とは,本来,物事を決めるのに自由に語論をできることに意味があるのです。決して勝手なことを言って良いということでも,人を傷つけることを言っても良いというとではありません。

 

多数決が正しいというのは,あくまで議論を尽くした結果であり,そのためにある「言論の自由」と言うのは,物事を決めるのに議論を尽くす必要があるところに意味がある。これが民主主義というものであり,社会で生きていく上で,このことは十分理解しておかなくてはいけないことです。

天鴻餃子房

今日のお昼は神保町の餃子屋です。神保町は本やランニングシューズを買いに行くのですが,その際にお昼を食べることが多いです。カレーの「エチオピア」とも思ったのですが,この日の気分は餃子です。

 

行ったのは天鴻餃子房。結構有名なようです。

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頼んだのはまず普通の餃子。汁気が合って美味しいです。

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次にぱりぱり餃子。確かにパリッとして美味しいです。

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ここはたまに行く餃子屋です。中国の人がやっているのですが,接客は完全に日本人向けです。結構感じが良いので以後語地も良く,常連さんも多いようです。

 

それから餃子房とは行っても他のメニューも結構あります。どちらかと言うと餃子中心の中華屋ですね。

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葛西臨海公園7時間走

昨日行ってきました。葛西臨海公園7時間走。朝はこんな感じ。うーん暑くなりそう。

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これは夕方。写真を撮るのを忘れて慌てて駅で撮ったものです。本当に走りました7時間。

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当日はスタート9時で終了が4時でした。何と梅雨が明けてしまい,気温は35°くらいにはなるとのこと。まさかそんなことになるは思っていなかったので,行けるところまで行ければ良いやと走り出します。コースは1周4㎞の周回コース。

 

とは言え,最初はそれほど暑く感じる程ではなく,1㎞当たり5分(時速12㎞)ペース。このままなら80㎞くらい走れるかと思っていたら,そんなに甘くありませんでした。

 

段々と体も温まってきたのか,1時間もすると暑さを感じてきました。2時間,24㎞も走るともうペースはがた落ち。暑くてたまりません。いい加減嫌になってきます。それでも何とか頑張りますが,歩きも入ってきます。無理をして熱中症になってしまったらおしまいですので仕方ありません。

 

皆つらいのか,こころなしか走っている参加ランナーの数が減ってきているような。そりゃそうですよね。こんな日に走ろうと言うだけも変ですから。

 

周りを見渡せば,公園に遊びに来ている人たちが大勢います。のどかな風景の中,ひたすら走るというのも新鮮ですが,完全に浮いています。でも変な目で見られることもありません。普通にジョギングしているランナーも結構いるのです。

 

しかし気温はどんどん上がって,2時ころからは休憩所では毎回水をかぶってから走る状態に。きついです。何でこんなことやているのか。我ながら不思議です。

 

それでも何とか頑張って何とか最後まで走りました。結果は16周,64㎞。もうちょっと頑張れたかなという気もしますが,あの気温のなかですから十分でしょう。仕事に支障があっても困りますので。

 

それにしても疲れた~

これが普通

また行きました。カレー「草枕」

 

明日は,葛西臨海公園で7時間走。かなり暑そうなのでどうなるかはわかりませんが,できれば70㎞以上は走りたいところ。

 

これに備えてエネルギーをチャージするためにご飯も大盛り(350g)です。値段は普通盛り(250g)と同じです。

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カレーも大盛り。普通盛りも少ない訳ではありませんが大盛りは器に一杯一杯ですね。

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普通盛りの方は「なすチキン」,大盛りの方は「なすトマトチキン」チキンも大盛りです。カレーもたっぷりで大盛りのご飯でもカレーを堪能できます。

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ここのカレーはスパイスが効いていて美味しいのですが,小麦粉を使っていないのでルーが軽めなのが特徴です。たくさん食べた割には,夕方も普通にお腹が空いてきました。

 

辛さの調節もできます。3倍が普通のようですが,10倍でも美味しく食べられました。明日の7時間走のことを考えるとあまり刺激が強いのも良くありませんので,ちょうど良かったと思います。

 

ここはお勧めです。

本当に多数ですか?

参議院議員の選挙が間近です。争点の一つには憲法改正が上がっていますが,これについては今までに書いているので,今回は,国会での議案の決め方にかかわる多数決について。

 

多数決と言うと「多数の意見で決めたのだから」と思いがちですが,実はそうとは限りません。多数ではないどころか,極少数の意見であるかもしれないのです。

 

話を単純化するために,国会議員を100人,各選挙区の有権者数を100人,立候補者数を4人としてみましょう。また政党は考慮しませんし,国会議員と有権者の意見は完全に一致するものとします。

 

最初に問題となるのが投票率です。現実には有権者全員が投票する訳ではありません。最近は投票率も低めですから,これを60%としてみます。

 

次に立候補者数が4人ですから,60票を4で割れば候補者一人につき15票です。最小の得票数で当選するとなると16票ですね。16票,15票,15票,14票の得票数なら16票で当選します。

 

こうやって当選した国会議員がある議案について投票します。さすがに,これは全員投票することにします。政党という設定をしないで単純に投票したとしますが,議員が100人ですから,ここでは51票で多数になります。

 

さて,この51票=51人の議員に投票した有権者数を考えてみましょう。一人16票で当選していますから,51×16=816人です。

 

そうしますと議員100人×有権者数100で1万人の有権者のうち,たったの861人の意見である議案が決定されたことになります。1万分の816です。どうですか,多数どころかたったの8.16%の意見に過ぎません。1割にも満たない有権者の意見が全体を決めてしまいました。

 

これは設定を単純化して,極端な設定をしているからではあります。ですが,現実には政党がありますし,有権者の意見と選ばれた国会議員の意見も完全には一致しませんから,50歩100歩というところでしょう。

 

多数決と言うのは,その言葉どおりの「多数」ではないことの方が多いでしょう。非常に危険なのです。「多数決だ」を言う人は,それだけで怪しいと言ってもいいと思います。気をつけなければいけないと思います。