表現の自由と言っても

今は「イスラム国」の日本人人質事件の方に話題が行っていますが,その前はフランスのシャルリー・エブド襲撃事件が問題にになっていました。

 

いくら気に入らないからといって暴力に訴える,まして相手を殺すなんてことは絶対に許されることではありません。

 

これはイスラム教から見ても同じです。イスラム教の指導者たちも襲撃犯を非難しています。

 

ただそれはそれとして,シャルリーのやり方が良いのかというは別です。表現の自由だ,風刺だといっても,イスラム教徒が大切にしているものを踏みにじるのは間違っています。

 

そりゃ表現の自由は大切ですよ。ただそれは,「言論の自由」として,民主主義の前提となるというのが大きな理由です。

 

民主主義というと「多数決」というのが頭に浮かびますが,民主主義=多数決ではありません。それでは,「数が多ければ良い」,「多数派が少数派を踏みにじることができる」ということになってしまいます。

 

最後は多数決になるとしても,何らかの決定をするには議論を尽くして全員一致を目指す,そこまでは行かなくても,議論の結果として少数派も多数派になる可能性がある,だから最悪の場合,多数決も許されるのです。

 

まず議論が大前提。だから言論の自由の保障。そしてそれがあらゆる表現ということになり,表現の自由の保障となるのです。こういう経緯の自由ですから,たくさんの種類がある「自由」の中でも特に重要だと考えられています。

 

ですが,それは何を言っても良いということではありません。「自由」といっても,他人の「自由」を踏みにじって良いというものではありません。そういう「自由」はないのです。他人が大切にしているものを貶していいのが「表現の自由」ではないのです。

 

イスラム教徒が嫌だというのなら,それは尊重しなくてはなりません。国家権力を批判するということには遠慮があってはいけません。権力者の暴走を止める必要あるからです。

 

ですが宗教はそれと同じではありません。もしイスラム教が「気に入らなければ人を殺しても良い」としているなら遠慮なく批判しても良いですが,そうではないのですから,どうしても嫌だというものを何が何でも批判するというのは違うでしょう。

 

もっと穏当にやれば良いのに。襲撃は絶対にダメですが,イスラム教徒の怒りは良く分かります。

今年もいわきサンシャインマラソン

久々の更新です。年明けに風邪をひいてしまったので仕事も立て込んでしまい,なかなか更新する気も起きませんでした。

 

今回の風邪はかなり本格的で4日ほど寝込んでしまいました。こういうのは10年ぶりですね。どうも休み中に東京に行ったときにうつされてしまったようです。おかげで毎年出ている谷川真理(ハーフ)マラソンには参加できず悔しい思いもしました。

 

今は回復して普通に仕事もしていますが,まだ本調子という訳でもありません。なかなか仕事もはかどりません。

 

そんなところへ送られて来ました。いわきサンシャインマラソンの参加用品が。今年は2月8日の開催です。

20150121-01

 

ゼッケンは「123」。こんなに並んだ数字が来るのも珍しいですね。

20150121-02

 

今のところ調子は良くありませんが,あと3週間近くありますから何とかなるでしょう。順当にいけば2時間53分くらいで走れると思っているのですが,そのときの調子次第ですね。

 

一番の気がかりは天候です。さすがに去年のように大雪にはならないでしょうが,風が結構吹きそうな気がしています。今年は例年よりも寒いですし,風も強いです。大田原マラソンも風でダメでしたし。でも天候だけは仕方ありません。

 

いわきサンシャインマラソンの後は,3月15日の古河はなももマラソン,5月10日の鹿沼さつき(ハーフ)マラソン,6月14日のいわて銀河チャレンジ(ウルトラ)マラソンです。

 

5月は練習がてらのハーフマラソンですからきつくはありません。去年みたいにオーバートレーニングにならないよう古河の後は少しゆっくりしようと思っています。

 

でも,まずはいわきですね。ここは応援が凄いのと去年雪でダメだったので,今度走るのはすごく楽しみです。天気が良くて風が吹かなければ最高なのですが。